[TRPG] 機会の平等性
昨日の記事で、ひとつ抜けていることがあります。それは
「ボードゲームにおいて、盤面に表れているのは「現時点での状況」だが、その経過はリソースの多少となって各プレイヤーの手元に表れる」
ということです。その辺について、書こうと思っていたのですが、
[遊戯]TRPGに足りないゲーム要素(妄想科學日報)
で、それ以上のことを述べられているので、書かなくていいかなー(笑)
・・・というのもさびしいので私なりに考えていたちょっと別のところを。
たしかに、TRPGにおいてプレイヤーが何かアクションを起こす際に支払うコストがあまりに軽い、もしくはほとんどないんですよね。だから思いつく限りのことを片っ端から試せたりするわけです。このような状況に対する策が、
『馬場秀和のマスターリング講座』第3章 セッション・ハンドリング
で「3.1 タイムスケール管理」として触れられています。これらを見ると、思っていた以上に「手番」というのは重要な役割を果たしているような気がします。
ボードゲームの場合、対人対戦という性格上、各PL間での平等性が確保される必要があります。その一つが「機会の平等性」、つまり「必ず順番に行動の機会が回ってくる」ということ。これにより、手番はPLにとって権利であり、制限であり、そしてリソースとなるわけです。
一方、TRPGで手番が保証されるのは「戦闘時のみ」という場合が多いと思います。その場合、それ以外のシーンではPL間に「機会の平等性」はシステム上、保証されません。「場を制するのは声が大きいもの」・・・かどうかはわかりませんが、PLのスキル(PCの、じゃないですよ)によってPCの行動の機会が多くなったり少なくなったりする、というのは実感としてあるのではないでしょうか。そのような状況に対して、先に挙げた「タイムスケール管理」では、戦闘以外のシーンでもPLに緊張感を持たせ、行動を促す効果があると述べられています。とすれば、これがボードゲーム的な効果のひとつだと言えるのではないでしょうか。
以前、「ご近所メルヒェンRPG ピーカーブーはボードゲーム的だ」ということを書きました。
ピーカーブー、これ、いい!(Dragonoid Factory)
必要なのはゲームボード?!(Dragonoid Factory)
実は、ピーカーブーのルールブックには以下のような記述があります。
~以下、引用~
『ピーカーブー』では、セッション中、プレイヤーの行動の機会を均等にするためサイクルという概念を使用します。
基本的に、各プレイヤーは1サイクルに1回、主要な行動を行うことができます。
~以上、引用終わり~
そのものズバリですね(笑) いや、いま読み返してみるまでここまでズバリ書かれているとは思いませんでした(^^; 上の2つの記事を書いたときには、ここまでボードゲームの特性というか特徴というかを意識してなかったと思うのですが、なんとなく感じたものの正体はこれだったんですね。
リアル小学生がプレイヤーとして参加したリプレイが話題になったピーカーブーですが、TRPGを知らない小学生がいきなりプレイヤーとしてセッションに参加し、それなりに楽しめたというのはこの「機会の平等性」の影響は大きいのではないでしょうか?
あー、なんか書きはじめと結論がずれちゃったな・・・まぁ、いいか(笑)


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