[TRPG] なぜTRPGのセッションは1時間で終わらないのか?
いつものようにかなり大雑把な仮定で話をしていますので例外はたくさんあると思います、ということを前置きした上で、今回のスタートは「なぜTRPGのセッションは1時間で終わらないのか?」というところからです。
最近書いている記事は
>「RPGをむちゃくちゃ簡単にしよう」ということを考えるシリーズ
(プレイ中何してる?)
になっているような気がしますね(笑)
例によってボードゲームとの比較になるんですけどね。重量級のゲームもあるようですが、ボードゲームの魅力は気軽にできること。準備とかルールの把握とかもそうなんですが、なによりプレイ時間が短い。先日すごろくやで買ってきたゲームはどれも10~15分程度で1回の対戦が終わります。だから何度もプレイできるし、他のゲームをやってもいい。
一方、TRPGのセッションは6~8時間くらいでしょうか。はたしてTRPGの1時間セッションというのはあり得るのか。あり得るとしたらどんなポイントをおさえればいいのか。そんなことを考えてみました。
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TRPGセッションが1時間で終わらない理由は、
「TRPGのセッションには、アドベンチャーパートとバトルパートの2つのゲームが入っている」
からでしょうか。TRPGが複数のゲームを含んでいることは玄兎さんの[memo] 十人十色のゲーム盤 ~ 「戦闘」と「物語」で書かれています。アドベンチャーパートやバトルパートという言葉は、この構造が極めて明確なエムブリオマシンRPGから借りてきました。このバトルパートだけで1時間程度のボリュームを持ったひとつのゲームですから、少なくとも1時間にはおさまらないのは当然です。
さらに考えを進めるためにちょっと視点を変えてみます。
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TRPGからゲームボードをなくすことでPLには先の展開が見えなくなり、「隠された真実に向かって一歩一歩近づいていく」というドラマチックな展開を再現することができるようになりました。これはボードゲームにはない面白さだと思います。しかしその代償として、GMは(PLに隠して)シナリオを作成しなくてはならなくなり、PLは盤上の展開を見通して量的情報の配分計画を立てることが難しくなりました。そこで、PLが失った量的情報の配分計画による意志決定を補うために「物語を作る」という面を強調することで質的情報による意志決定ゲーム=アドベンチャーパートが充実してきたのではないかと思います。一方のバトルパートはPCの数値化されたデータを使ってリソースを削りあう「量的情報を使ったゲーム」ですね。
ですが、このアドベンチャーパート、ゲームとしてバトルパートと対等な状態にあるかというと、そうではないと思います。なぜかというと、
>戦闘ルールに比べて、それ以外のルールがつまらない
(馬場秀和のRPGコラム:『パワープレイ -あるいはシークレットドアを探して-』)
からです。戦闘以外のルールが充実しているシステムならアドベンチャーパートだけでPLたちはおなかいっぱいになるはずですから、最後のバトルパートはなくてもいいはずです。
また、実際問題として「本当に先の展開が読めないか」というと、たいていの場合は(アドベンチャーパートの物足りなさを解消するために)最後にバトルパートがありますし、PLはそのことを知っています。その場合、アドベンチャーパートで質的情報を使って「物語を作る」というのは「PCたちがバトルパートに参加するためのリアリティを作り上げるためのメタゲーム」であり、多くのシステムが提供してくれない質的情報に対するゲーム要素を作り出すのが「シナリオ」ということになるのでしょうか。
そしてこのシナリオ作成とアドベンチャーパートに準備とプレイ時間の多くを取られているわけです。
以上のことから考えるに、TRPGのプレイ時間を短くするためには「質的情報を使ったメタゲームをぎゅぎゅ~っと濃縮して詰め込めばよい」のではないかということになりますが・・・ホントか?(^^; なんか着地点が間違っている気がする。
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こういうことを考え出したのは「エブリディマジック」のシナリオクラフトを見ていたときです(土曜日に池袋のイエローサブマリンで買ってきました)。最後にBOSSとの戦いがあって、その前の部分は「なぜPCが戦いに参加するか」という理由づけをおこなう。紙魚砂さんが書かれていた「ホヮイダニットシナリオ」がこれかなと思うのですが。


Comments
こんにちは。面白い提題ですね。
私は『Aの魔法陣』日常編、あるいは極端にこちらで準備した私家版『T&T』であれば、10分でルール説明して50分でゲーム完了させる自信があるのですが、ほかのゲームだと、どうしても「準備1時間」「本編2時間」かかってしまいますね。FEARのゲームは、それでもシナリオ最短2時間(1日3-4本)できる軽さになってきているとは思いますが、1時間の尺では難しい。
セッション実施の際にやることは結構多いですよね。初対面の人が多いことを含めて今ざっと考えてみただけでも
0.集合&自己紹介
1.TRPGの基本的な参加方法についてのインスト
2.システム説明
3.キャラクター作成orクイックスタートに関する説明
4.実ゲーム
4-1.導入(状況説明)
4-2.実ゲーム(調査とか戦闘とか)
5.(必要な場合、食事・買出し時間)
6.ゲーム終了、ゲーム評価(経験点配布など)
7.片付け
と、実際のゲームを成立させるためのほかの行動の方が実は比重が大きかったりしますよね。
ここをワークフローとして先に規定してしまい、実プレイ以外の作業負荷を軽減しようとしたのが零システム(『天羅万象零』)以降の、FEARのルールブック編纂コンセプトなのだと私は思っています(プリプレイ、アフタープレイというやつですね)。これで、コンベンションで一日3本ぶんの高速キャンペーンが可能になりました。FEARゲーの優れた点だと思います(AD&D系列やほかの洋ゲーじゃムリですね)。
ところで、AD&Dクラスの古典的TRPGを「基本的なTRPGの運営形態」と考えれば、確かに「プリプレイ」「アフタープレイ」の手続きの形式化は威力を発揮すると思います。しかし私は、軽量化に対する別回答もあると思っています。それは、
A.GMが実セッションの前後の負荷をプレーヤーに求めないゲームを提供する。
B.実セッションの前後の負荷がそもそもかからないような、極度に単純で(しかしゲームデザインとしては筋の通った)システムを適用して遊ぶ
この2つを選ぶことです。そしてB.にあたる努力をしたシステムの一つが『Aの魔法陣』だと思うのですが、残念ながら、色々手を加えないと「1時間で誰でも1時間で楽しく遊べるボードゲーム風TRPG」としては実装しにくいなーというのが私の評価です(もちろん、私はシステムを高く評価していますけれど)。
Posted by: 志臣 | March 04, 2009 at 10:36 AM
>志臣さん
こんばんは&コメントありがとうございます。
実はこのエントリを書いたあとで、一番意見をうかがいたいなと思っていたのでうれしい限りです。ただ、今回のエントリではあまりちゃんと書いていない内容で、いただいたコメントとはちょっとずれてしまうので、別エントリを立てる予定です。
コメントいただいて初めて気づいたのですが、「セッション」といっておきながら「4.実ゲーム」の部分しか念頭にありませんでした。そうですよねー、「6~8時間」って「0~7」すべてが入った時間ですよね(^^;
やはり現時点で一番軽いと思われるシステムは「Aマホ」ですか(あー、まだルルブ読んでねー(^^;)。
あとは別エントリで。
Posted by: B.W | March 04, 2009 at 11:25 PM